マッスルメモリーは一度筋トレをして筋肉をつければ、運動をしないで筋肉が痩せてしまっても、再トレーニングすれば短期間でもとの筋肉状態に戻すことができるという理論です。
まるで筋肉が付いていたときの記憶が筋肉に存在しているかのような感じなので「マッスルメモリー」と呼ばれています。
マッスルメモリーとは?
マッスルメモリーは、トレーニングによって一度肥大化させた筋繊維がトレーニングの中止によって徐々に細くなってしまっても、再度トレーニングを実行することによって短い間隔でもとの太い筋肉の状態に戻ることができるという理論です。
こめやん
一度筋トレをしていれば、数年~10年くらい筋トレをしなくてマッスルメモリーが残っていてだいた2~3か月程度で筋肉がもとのレベルまで戻ると言われています。
しかし、このマッスルメモリーが実際に存在しているのか?科学的な根拠が元となっているのかは気になるところです。
別の意味でのマッスルメモリー
マッスルメモリーには再トレーニングで容易にもとの筋肉状態に戻せるという意味以外に、複雑な筋肉の動きを繰り返して練習することによって、筋肉が動きを記憶してその複雑の動きの組み合わせをより容易に、スムースに、正確に実行することができるという意味もあります。楽器や自転車、キータイプなどが練習によってできるようになるのはマッスルメモリーによるものであると言われています。実際の記憶は筋肉ではなく脳に有るとされ、通常のいわゆる記憶は海馬を中心としていますが、運動の記憶は脳全体に渡っているとされています。
身体の記憶は存在するか?
脳以外の器官に記憶が宿るというのは少々スピリチュアルじみていて科学的ではないような印象を受ける人もいるのではないのでしょうか?
しかし体の中には脳以外の部分に記憶が残るという現象が存在します。
- 免疫 (抗体産生) :一度感染すると免疫の記憶が生じて再感染時に強い免疫応答を示します。
- 細胞位置の記憶: 線維芽細胞などは存在していた位置を記憶して遺伝子発現パターンを保持する
記憶とは違う気もしますが、免疫応答などは筋肉のマッスルメモリーと近いかもしれません。そう考えると存在していていもおかしくは無い気がしてきましたね。
こめやん
マッスルメモリーはトレーニングしている人たちの間で実感としてあるから言われていると思いますが、一度筋肉を太くできた人たちはトレーニングに対する知識や技術があるから再度太くするのが簡単という事かもしれません。
科学的に調べるには「細胞レベル」で原理を考える必要があります。
マッスルメモリーに対する科学的な根拠についてはたくさん議論がされています。まずはマッスルメモリーが有ると言われるようになった研究について紹介します。
マッスルメモリーの論文
マッスルメモリー論文①
1991年オハイオ大学のStaronらの研究はトレーニング経験有りの人では8か月程度のトレーニング中止期間があっても一ヶ月ちょっとでもとの状態に戻ることができるという研究結果が出ています。結果は最大動的筋力と筋肉横断面積(3つの筋繊維タイプ各々)で評価しています。
実験内容
6人の大学生の女性、20週の運動と30-32週の運動なし期間を明けたあと6週の再トレーニングを行った。7人の女性はコントロールとしてトレーニング経験無しで同じメニューのトレーニングを6週間行う。さらに両群から4人を選択してさらに7週の運動を行った。
トレーニングメニュー
高負荷レジスタンストレーニング(スクワット、レッグプレス、レッグエクステンション)、トレーニング後は10-15分間のストレッチを行う。詳しくは論文p632を参照
実験結果
20週のトレーニング経験は最大動的筋力や3つ筋繊維タイプ(SO,FOG,FG)全ての筋肉が増加しました。筋繊維割合はFG(速筋 typeIIb)の割合が減少しました。
トレーニングなし期間では筋肉横断面積はあまり変化しませんでしたが、最大動的筋力が低下しました(トレーニング経験前よりかは低下していない)。
再トレーニングによって全ての筋繊維タイプの筋肉横断面積が顕著に増加しました。
Staron, Robert S., et al. “Strength and skeletal muscle adaptations in heavy-resistance-trained women after detraining and retraining.” Journal of Applied Physiology 70.2 (1991): 631-640.
マッスルメモリー論文②
次の論文は1997年にスタンフォード大学のD.R.TaaffeとR.Marcusによる高齢男性に対する人組み換え成長ホルモンの効果とマッスルメモリーを調べる研究です。この実験でも2か月(初期トレーニングの1/3の期間)でもとに戻るというマッスルメモリーの存在が示唆されています。ちなみに成長ホルモンの投与は筋力や筋合成などには有意な影響を与えなかったようです。
実験内容
高齢男性(65-77歳)11人を対象にランダム化比較試験によって人組み換え成長ホルモンを与えた群となしの群(rhGH n=6 placebo=5)にレジスタンストレーニングを24週間に渡って実施し、12週間のトレーニング休止期間をはさみ、再トレーニングを8週間 最大負荷の75%を8回3セットで週3回を行った。休止期間と再トレーニング期間には成長ホルモンは投与しなかった。
実験結果
初期トレーニングでは約40%の筋力上昇と20%程度の筋肥大効果が確認されました。
トレーニング休止によって筋力が30%ほど失われ、筋肉横断面積はトレーニング前の状態にもどりました。
再トレーニングによって、筋力はトレーニング後の値に戻りました。この結果は老齢の人間でもマッスルメモリーは有効で、再トレーニングによって短期間で筋力が戻ることが示唆されています。Taaffe, D. R., and R. Marcus. “Dynamic muscle strength alterations to detraining and retraining in elderly men.” Clinical Physiology 17.3 (1997): 311-324.
このようにいくつかの論文での結果がマッスルメモリーの存在可能性を示唆しています。
マッスルメモリーの論文 神経説
筋肉の肥大や筋力上昇は筋細胞だけでは説明できない部分もあります。
そのうちの一つが「神経説」です。中枢神経や末梢神経のシナプス形成がマッスルメモリーに関与しているとも言われています。
1986年ロンドン大学のラザフォードらの研究では、
片側の足だけを訓練すると、訓練していないもう片方の足の筋力も増大することを報告しています。この効果はトレーニングの種類によって変化するらしいです。
著者らはこれが中枢や末梢神経系の訓練によるものだと考え、おそらく足の筋肉の偏りが歩く妨げになるために自然とバランスを取ろうとする力が働いているかもしれないと予想しています。
Rutherford, O. M., and D. A. Jones. “The role of learning and coordination in strength training.” European journal of applied physiology and occupational physiology 55.1 (1986): 100-105.
また、Adkinsらは筋力や筋肥大に先行して脊髄からの運動神経のシナプス形成が起こっていると報告しています。
運動神経の発達、最適化などがトレーニングによって残り、これがマッスルメモリーの正体である可能性を示唆しています。神経だけでなく、持久力トレーニングでは筋肉に栄養するために新しい血管が形成されること(血管新生)もマッスルメモリーの正体の一つであると述べられています。
ちなみに論文中では神経を鍛えるには有酸素運動のような持久力トレーニングよりもいわゆる筋トレの方が運動ニューロンの興奮性を上昇させ、新たなシナプス形成を促進させる効果が高いと記述されています。
Adkins, DeAnna L., et al. “Motor training induces experience-specific patterns of plasticity across motor cortex and spinal cord.” Journal of applied physiology 101.6 (2006): 1776-1782.
こめやん
こめやん
マッスルメモリー ミクロ視点 筋細胞
マッスルメモリーについてよりミクロな部分、筋細胞自体ではどうなっているのか?という研究が最近進められています。とくに言われているのは「筋細胞の核の数」です。この細胞核の数が筋トレ後に休止期間があっても減少しないことがマッスルメモリーの正体ではないかという説があります。
筋細胞の核の数などについては、オスロ大学の細胞生物学者のKristian Gundersen、
が精力的に研究を行っています。筋肉の細胞核がどうした?
まずは筋肉細胞についてですが、筋肉細胞は他の細胞と比べて特殊な点が多いです。
その一つが「細胞の大きさ」です。
体積で言えば1万倍を超える大きさです。
こめやん
細胞はもちろん生きているので、生きるのに必要なタンパク質を合成する必要があります。このタンパク質を合成するのに必要な材料を持っているのが「細胞核」です。細胞核にはタンパク質の基本材料である「遺伝子」などを持っています。
基本的に細胞核は細胞一つに付き一個ですが、筋肉細胞は自身が巨大であるため、筋肉細胞は一つの細胞にたくさんの細胞核を持っている「多核細胞」です。
こめやん
つまり、細胞核がたくさん有るほうが、タンパク質を効率的に作り出すことができるので、筋肥大や筋力上昇に有効ということです。
adeno
筋肉細胞核説 論文①
トレーニング休止によって筋萎縮が起こっても筋細胞核の減少は起こらないという報告があり、さらにその研究では細胞核の数が筋肥大の最大サイズを決めていると予測されています。
Bruusgaard, Jo C., et al. “Myonuclei acquired by overload exercise precede hypertrophy and are not lost on detraining.” Proceedings of the National Academy of Sciences 107.34 (2010): 15111-15116.Bruusgaard, Jo C., et al. “No change in myonuclear number during muscle unloading and reloading.” Journal of applied physiology 113.2 (2012): 290-296.
PNASの論文ではマッスルメモリーを筋肉細胞の核の数を細胞核イメージング技術を駆使して調べた論文として有名です。
過負荷時に細胞核の増加が先に起こり、後に筋肉細胞のサイズが大きくなることを報告しています。
adeno
さらに筋細胞核は長い間失われずに持続して存在し、筋萎縮によるアポトーシスなどを起こしにくいようです(筋細胞自体が死滅しにくい)。
こめやん
adeno
筋肉細胞の核は実験では少なくとも3か月程度は持続して存在していることが報告されています。
また、年を取ってくると筋肉細胞の核を作り出す力が失われていくということも観察されています。つまり、若いうちに筋トレをして筋肉細胞の核をたくさんつくっておいた方が良いということが示唆されています。また、アナボリックステロイドは筋肉細胞の核の増殖を促進するということが判明しています。
こめやん
つまり、「ドーピングメモリー」のようなものがありうるということです。
筋肉細胞の核はサテライト細胞という細胞から供給されると考えられています。
衛星細胞(サテライト細胞)は筋肉細胞の前駆体である単核の細胞です。筋肉細胞とは異なって細胞質が小さいのが特徴です。成熟した筋肉細胞の周辺に存在し、筋繊維と融合することもできるため、筋肥大や傷ついた筋再生に関わっているとされています。
エピジェネティック変化を伴う発見!
エピジェネティックとは遺伝子の塩基配列の変化(遺伝子変異とか)を起こさずにタンパク質合成のパターン等を細胞分裂した娘細胞にも遺伝させる仕組みです。
これが成人の骨格筋が肥大した際にその情報をエピジェネティックな形(DNAメチル化)で保存するということが発見されてました。これは「筋肥大したときの状態を筋肉が覚える」まさにマッスルメモリー的な現象が起きていることが発見されました。これはScientific Reportsという論文誌で2018年に発表されています。
ある領域のDNAの低メチル化状態は、筋肉タンパク質合成や増殖、分化に関わる遺伝子を活性化を引き起こすとされていて、これの低メチル化状態がトレーニングによって作られて保存されているということです。筋肥大後にトレーニングを休止して、筋肉が萎縮しても低メチル化状態は維持され、これがマッスルメモリーとして働くと考えられています。
まとめ
マッスルメモリーは存在するというのが現在の学説としては有力でしょう。
仮に現在言われているマッスルメモリーが存在していなくても、トレーニングの方法、経験などの本当の意味での「記憶」があるだけでも役立つと思います。トレーニングを本気で始めると様々な知識も入ってくるので、そうした記憶もトレーニングの糧になりますね。
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